第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
「あの女がまさかこんなことしでかすとは思わんかった、本当にすまんかった。結果的に好きな女を傷つけることになるなんて、一番吐いたらいかん嘘じゃな」
「す、き…?」
「ああ。好いとうよ」
「え…」
甘い声に弾かれたように顔を上げると、仁王は「『え』とはなんじゃ」と、とびきり優しく笑った。
今朝からずっと痛くてたまらなかった胸が、今はほんのりあたたかい。
ほっとしたのか嬉しすぎたからなのか、うっかり溢れてきてしまった涙を、仁王が指で拭ってくれる。
「もっとかっこよく決めるはずだったんじゃがのう…」
「そんなことより今日一日で私がどれだけ苦しかったか、ちゃんと受け止めてよね、バカ!」
「はは、任せんしゃい」
* *
帰り道、初めて繋いだ手はとても大きくて、ひんやり冷たかった。
並んで歩くのは初めてではないけれど、歩調を私に合わせてくれていることには初めて気がついて、なんだか照れくさい。
「でね、保健室行ったら彼氏からDV受けたのかって聞かれて…!」
「そりゃまたずいぶん突飛じゃのう」
私の言葉にからからと笑った仁王は、ふと私に向き直って声を潜めた。
「俺は傷つけたりせんよ、こんなにかわええ顔」
「かわっ…?! もう、嘘ばっか…!」
「嘘じゃと思うんか?」
私の照れ隠しを遮るように、仁王が畳みかけてくる。
吸い込まれそうな瞳にまっすぐ見据えられて、ついでに繋いだ手の指をきゅっと絡められて、私は抵抗する間もなく降参せざるをえなかった。
「う…ううん…」
「ええ子じゃのう、俺は本当のことしか言わん」
「あ、それは嘘! ダウト!」
「プリッ」
fin
◎あとがき
お読みくださいまして、ありがとうございました。
久々の仁王くん、いかがでしたか。
「仁王って実は詐欺師というより、試合のときは勝負師、クラスではエンターテイナーなんじゃないか」という冒頭のネタは、ずいぶん前に思いついていたものでした。
テニラビのサーカスイベントでそれを思い出し、ネタ帳から引っ張り出してきまして、かなり苦しみましたがなんとか終わらせることができて、今はほっとしています。
書き終わるまではイベントストーリーを読まない方式できたので(読むと引っ張られちゃう気がしたので)、ようやく読める…!うれしい!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。