第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
「あの、わかってくれればもういいから」と言ってみたものの状況は変わらなくて、どうしたらいいかわからなくなる。
心臓が内側から壊れてしまいそうな勢いでがんがんと打っているのがわかった。
私はちゃんと、なんでもないような顔をつくれているだろうか。
「…言い訳、してもええかのう」
少し潜められた仁王の声に、黙って頷く。
仁王は「ありがとう」とでも言うようにふっと表情を緩めて、頬に触れていた手で最後に髪を撫でた。
そんな些細な仕草にもいちいち胸がしめつけられるように痛む。
涙が出てきそうになるのをごまかしたくて、いちごオレを一口すすった。
人工的な甘さに、喉がひりついた。
「前に林が言うてくれたじゃろ、俺は人を傷つける嘘は吐かんよな、って」
人を楽しませるためとか、勝利のためとか、嘘には大義名分が必要なのだと。
たとえば「立海三連覇」と私たちが毎日呪文のように唱えるのも、厳密に言えばまだ現実ではないから嘘ということになるけれど、いずれ成し遂げる目標だから嘘としてはカウントされないのだ、と。
仁王は自分の手元のペットボトルを見ながら少し早口でそう言って、一呼吸置いてから「林の名前を出したのも」と続けた。
核心に触れられるのは怖かった。
仁王の顔が見られなくて、思わず俯く。
「俺としては、三連覇、っちゅうのと同じ、成し遂げたい目標だったんじゃ。言い続けて頑張っちょれば、周りもだんだん協力してくれるようになるじゃろ? せこいって言われても仕方ないけどな…」
その言葉の意味を考える限り、私は失恋したわけではないのだろうか、そう思っていいのだろうか。
仁王がこちらを向いたのが、気配でわかった。
私は相変わらず仁王の顔を見られないままだけれど、向けられた視線に熱っぽさを感じるのは、私の都合のいい勘違い?