第68章 その嘘は美しいか〔仁王雅治〕
言おうかどうか最後まで迷ったけれど、これからも同じことが起こったら私の身がもたない。
ぎょっとしたように目を見開いた仁王が、ペットボトルの蓋を取り落とした。
何があってもあまり動じない仁王にしては珍しい。
かつん、と地面を打ったあと、私の足元に転がってきたそれを拾い上げて手渡そうとすると、仁王はその手を取って、低い声で「来んしゃい」と言った。
半ば強引に中庭のベンチまで連行されて、隣に座るよう促される。
軽く立ち話で終わらせるつもりだったのにな、と思いつつも言われるまま腰かけると、悲しそうな顔をした仁王が「悪かった」とこうべを垂れた。
「仕方なく私の名前出したんだろうけど、そういうのはちゃんと事後報告してよね、聞いてびっくりしたんだから!」
明るい口調を心がけたのは、軽いノリに聞こえるようにという理由のほかに、ついうっかり泣いてしまわないようにという理由もあった。
仁王が私のことを「一言謝れば済むくらい仲のいい女友達」だと思ってくれたのだとしたら、私はその期待にきちんと応えるべきだと思った。
女友達という立ち位置を自分自身に叩き込むのと同時に、この恋心を捨てる、またとないチャンスだ。
「今回はジュースで許してあげるから、次からはちゃんといつもどおり断って? 私も毎日顔引っ叩かれるのはごめんだし。これ痛かったんだよ、意外と」
「すまん。痛かった、よな」
仁王が私の頬に触れた。
冷たい手が心地いいと感じるのは、腫れて熱を持っているからか、それとも別の理由で私の頬が熱いからだろうか。
「こんなに腫れて…全部俺のせいじゃ、すまんかった」
壊れ物を扱うようにそっと頬を撫でる仁王の手は、いっこうに離れる気配がない。
不思議に思って視線を上げると、見たことがないくらい真剣な瞳の仁王と目が合った。