• テキストサイズ

短編集【庭球】

第9章 秋は夕暮れ〔渡邊オサム〕


一言も交わさないまま、車は高速に乗った。
ラッシュとは逆方向に走っていく。
窓ガラス越し、防音壁が流れていくのをひたすら眺める。
大阪市を出たあたりで、オサムちゃんがようやく口を開いた。


「悪かった」

どういう意味の謝罪なのかわからなくて、継がれる言葉を待つ。
オサムちゃんは、ゆっくり煙草に火をつけた。
どの言葉を選べば、私を傷つけずに突き放せるのかを考えているのかもしれないと思った。
涙が出てしまわないように、奥歯にぐっと力を込める。

「悪かった。不安に、なってしもた」
「……え?」

予想外の言葉に、噛み締めたはずの奥歯の力が抜ける。


「謙也と話しとる渚がニコニコ笑っとって、なんや幸せそうに見えたんや」
「…………」
「俺とおるより、同世代とおった方が幸せなんちゃうか思てな」
「そんなことない」
「おん。せやけどあの日は、真面目にそう思ってん。お似合いや思たし、実際クラスのやつらにもそう言われとったし、このまま謙也とくっついた方が渚は幸せなんちゃうか、て」


車がウィンカーを出して、知らないパーキングエリアに入っていく。
トイレと自販機くらいしかないそこは、車がまばらで。
オサムちゃんは隅のほうのがらがらに空いた場所に、静かに車を止めた。
エンジンを落とすとカーナビが消えて、車内が一気に暗くなった。


「謙也はええ男やし、俺がこのままフェードアウトしたら丸くおさまるかもしれへんと思たんやけどな…あかんかったわ」

オサムちゃんは、くゆらせていた煙草を灰皿に押し付けて。
私の手に、その大きな手をそっと重ねた。


「渚がおらんと、俺があかんのやわ」


久しぶりに視線が絡んで。
かっこ悪いけどべた惚れなんや、という甘い甘い言葉は、唇に直接落とされた。
頬を伝った嬉し涙を、オサムちゃんは優しく拭ってくれた。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp