第64章 きみがきこえる〔手塚国光〕
「…了解、ありがとう。明日みんなに伝えておくね」
「ああ、よろしく頼む」
一秒、二秒、三秒と、沈黙が流れた。
私たちの不手際を指摘してもらっているのにこんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、正直、メールでもよさそうな内容だった。
わざわざ電話という手段を選んだのは、どうして?
もっと大事な話があったんじゃないの?
「……その…他に、用件、とか」
「いや、特にないが」
取り越し苦労だったのだろうか。
「そっか」と言いつつ、それならもう少し電話を続けたいという思いが顔を出す。
せっかく繋がることができたのに、切ってしまうのはもったいない。
凛と耳に心地いい国光の声は好きだし、もっと聞いていたいと思う。
どんな生活を送っているのかと問うと、初日に検査をした後はひたすらリハビリだ、と返ってきた。
主治医の先生はいい人だということ、病院食は薄味でなかなか美味しいけれど量が少し物足りないということ、夜は勉強や読書をしているということ。
一つ一つ教えてもらうたび、心にかかっていた靄が晴れていくような気がした。
国光がどこで何をしているのかをあまりにも知らなすぎたことが、私を不安にさせていたのだと思った。
「ちなみに今は病院の外を散歩しているところだ」と、国光は言った。
「電話苦手って言ってたから、かかってきてびっくりしちゃった」
「そうか?」
「でも嬉しかった、声聞きたかったから」
「…ああ」
「うん。本当は会って顔見たいけどね、だって国光ってば、発つぎりぎりまで連絡くれないんだもーん」
嫌味だとわかっていながら、つい言ってしまった。
もちろんその言葉は、どこまでも本心だけれど。
あはは、とおどけた口調を心がけたのは、真っ向から言い募る気はないのだという意思表示。
少しだけ、ほんの少しだけでいいから、私が淋しかったことをわかってほしかった。