• テキストサイズ

短編集【庭球】

第64章 きみがきこえる〔手塚国光〕


「……すまない」
「ふふ、うそうそ冗談だよ、謝らないで。忙しかったのもわかってるし、私のただのわがままなんだから」


誠実な国光が謝ってくれるのも、わかっていた。
それで溜飲を下げようだなんて、本当に私は意地が悪いと思う。
ちくりと心が痛むのを感じていたら、国光が小さく、でもはっきりと、否定の言葉を口にした。


「いや、違うんだ。俺のエゴだ」
「ううん、そんなことないよ、私の…」
「いや、聞いてくれ。渚の顔を見てしまったら、ここへ来る決心が鈍る気がした」


私が話しているところに、珍しく国光が言葉を被せてきた。
そこに意思の強さを感じて、思わず口をつぐむ。
それなのに、続けられたのは「決心が鈍る」なんてあまり彼らしくない、後ろ向きな言葉。
それに私が関わっているのかと、喉の奥がきゅうと痛んだ。


「事後報告のようになってしまって、すまなかったと思っている」
「そんな…」
「発つ前に会ったら、離れたくないと思ってしまいそうで怖かった」


優しい声が、息遣いが、耳を撫ぜる。
こんなに私に都合のいいことばかりあっていいのだろうか、と思う。
普段は照れ屋で、こっちから頼んだって愛を囁いてくれることなんて滅多にないのに。


「自分から拒んだくせに、と笑われそうだが」
「………」
「少しでも俺のことを思い出してくれたらいいと、そう思って電話した」
「……え、うそ…」
「あいにく、俺は嘘を吐くのは苦手だ」


思わず口をついて出た可愛くない台詞に、国光が律儀に突っ込んでくる。
そうだ、知っている。
国光のまっすぐで嘘の吐けないところが、大好きなのだから。


「国光ってさ、たまに大胆だよね」
「そうか?」
「そうだよ。…あのね」
「ん?」
「心配しなくても、少しどころじゃなくてたくさん、私は国光のこと考えてるよ」


私がそう言うと、国光は言葉を詰まらせたように少しだけ押し黙って、それから「そうか、それならいい」と言った。
心臓がどきどきと強く打つ音が聞こえる。
けれど、国光の声と重なるとそれはひどく心地よい音になるのだということを、私は初めて知った。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp