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短編集【庭球】

第64章 きみがきこえる〔手塚国光〕


無意識に力を込めてしまっていた指が、ぺこ、と空っぽのペットボトルを小さく凹ませる。
モノに八つ当たりなんてみっともないけれど、やり場のない想いをぶつける先が他に思いつかなくて、そのままぎゅっと握り込んでぺしゃんこにしてやった。

窓の向こう、テニスコートでは、部員たちがいつものように走り回っていた。
国光の目にはこの景色はどう見えていたのかな、と思う。
誰もいない部屋に響いた盛大なため息が、我ながら辛気くさくてまたため息が出た。

ああもう、やだやだ。

ここにいるから嫌でも思い出してしまうのだ、さっさと帰ろう。
そう思って、荷物を置いてある机へと足を踏み出したとき。

その机に置いてあったスマホが、がたがたと音を立てて震え始めた。
鳴り止まないところを見ると、メッセージではなくて着信だ。
誰からだろうと、小走りに駆け寄る。
ディスプレイの文字を見て、心臓がどくんと大きく打った。
手塚国光──


「…もしもし?」


声が上ずったのは、驚きと嬉しさのほかに、不安がよぎったせい。
苦手だと言っていた電話をわざわざ自分からかけてきたのだ、国光の言う「必要に迫られ」た事態ということなのだろう。
思っていたよりも重傷だった、とか?
手術しなければいけなくなった、とか?
思考が知らず知らずのうちに嫌な方へと転がって、それを振り払うように首を振る。


「ああ。今、いいか?」
「うん、平気」
「議事録を確認した、ありがとう。大変だったろう」
「ううん、そんなことないよ」
「登校日の件だが…」


メールしてから、ほんのわずかな時間しか経っていない。
議事録をさらっと一度読んだ程度だろうに、私たちでは思い至らなかった細かい部分を淀みなく指摘してくれる国光は、本当に凄い人だと思う。
彼の留守はしっかりと守ろうと思っていたけれど、どうやら程遠いらしい。
そんなことを思いながら、カバンから手帳を取り出して、言われたことを簡単なメモにする。
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