第64章 きみがきこえる〔手塚国光〕
部長に生徒会長、成績は常にトップクラス。
とんでもなく高い処理能力ゆえに、傍から見れば大変そうには映らないけれど、国光はとにかく忙しい人だ。
もし私が彼の立場なら、彼女を作る暇も余裕も、どこにもないだろうというくらい。
その中でも、国光は国光なりに私のことを気にかけてくれて、どこからか捻出した時間でデートをしてくれるから、私はほとんど淋しさを感じたことがなかった。
だからだろうか。
「いつ帰ってこられそう?」と尋ねたとき、私は無意識に、きっと長くて一週間後とかそんな程度だろうと思い込んでいた。
まさか「いつになるかはわからない」なんて返事が返ってくるとは、ゆめゆめ想像していなかったのだ。
「長くなるかもしれないってこと?」
「ああ。全国に間に合わせたいとは思っているが…」
「……そ、っか…」
全国大会はちょうど一か月後。
絶対に全国へ行くのだと国光はあれだけ必死に頑張っていたのに、治るのに一か月、あるいはそれ以上もかかるような怪我を負わせるなんて、神様はなんて意地悪なのだろう。
呆然として、電話口に少しの沈黙が流れた。
国光の息遣いの後ろに、空港の雑踏が薄く聞こえた。
すう、と国光が息を吸ったのがわかった。
次はなんだ、と自分の身体に無意識の緊張が走る。
必要に迫られなければ、連絡はメールでいい、と。
もともと面と向かって話していても感情を伝えることには長けていないけれど、それに輪をかけて感情が伝わりにくい電話は苦手だからと、搭乗時間が迫っているというアナウンスをバックに、国光はいくぶん早口で言った。
「俺は冗談を言って笑わせてやることもできないからな」