第64章 きみがきこえる〔手塚国光〕
送信完了しました、の表示を確認して、無意識のうちに詰めていた息をふっと吐き出した。
パソコンの電源を落としながら、スマホのメッセージアプリを手早く操作する。
「これでよし、…と」
手元に置いていたペットボトルを口に運ぶ。
ここ──生徒会室に来る前に購買で買ったアイスティーは、作業に集中している間にすっかりぬるくなってしまっていた。
これが甘ったるいジュースだったらきっと飲めたものではなかっただろうと思いつつ、誰もいないのをいいことにごくごくと音を立てて豪快に飲み干す。
伸びをしながら立ち上がって、引き寄せられるように窓際へ向かった。
この部屋の主であり、私の恋人でもある国光は、作業の合間にこの窓からよくテニスコートを見ていた。
鉄仮面と揶揄されるほど表情に乏しい彼が、唯一感情を顔に出す場所、それがこの窓際だった。
部員たちの様子を、ときに穏やかな表情で、ときに眉間に深くしわを刻みながら。
とはいえ、その表情の変化は、じっと観察していないと見逃してしまうくらい微々たるものだったけれど。
テニスにはもちろん部長という立場にも絶対に妥協をしない国光は、コートでは決して弱みを見せたくなかったのだろう。
少し離れたこの場所では、気が緩んだのかもしれない。
いずれにせよ私は、ぎこちなくも意外と表情豊かな彼の横顔を眺めるのが好きだった。
けれど、再びその日が訪れるのはずっと先になりそうだ。
三日前にあった関東大会の初戦。
氷帝の部長との試合で肩を痛めてしまったということを、私は次の日、国光が空港からかけてきた電話で知った。
「大丈夫?」なんて、ありきたりな軽い言葉は言えなかった。
「治療のために九州へ行く」という事実以上に、その言葉を紡いだ重苦しい声が、事の大きさを物語っていたから。
かろうじて「古傷は肘だったのに」と言った私に、国光は「無意識にかばっていたらしい」と低く言った。