第63章 たとえば君が〔白石蔵ノ介〕
「なるほどなあ。けど、俺はずいぶん好き嫌いする食虫植物やろな」
「好き嫌い?」
「渚やなかったら、ぺって吐き出してまうで、俺。食虫植物としては出来損ないやな。すぐ淘汰されて絶滅するやつや」
いや、前言撤回。
蔵は食虫植物かもしれないけれど、きっと毒も持っているに違いない。
これ以上幸せを与えられたら死んでしまうかもしれないと思うのに、際限なく毒を投与されている気分だ──幸せという毒を。
それに、これ以上好きになったら苦しくて死んでしまうかもしれないと思うのに、蔵はいとも簡単に私の心を根こそぎ絡め取っていく。
これが毒草でなくて何だというのだろう。
私の考えを見透かしているかのように、蔵がふっと笑った。
「そろそろ帰ろか?」と言って図鑑を閉じた左手を見ながら、ふとずっと感じていた疑問をぶつけてみた。
「ねえ、その包帯の下ってどうなってるの? さすがに毒手…」
「渚はどうなっとると思う?」
毒手っていうのは嘘でしょ、と聞きかけた私の耳元に、蔵が唇を寄せてそう囁いた。
その甘さと、珍しく私の言葉を遮った蔵の押しの強さに、なんとなく息を詰めてしまう。
テニス部のやんちゃな一年生を、毒手だと脅してコントロールしている蔵の姿は、何度か見かけたことがある。
聞かん坊の彼を上手く諌めるための方便的な嘘なのだと思っていたけれど。
「どうって…」
言葉に窮して、目の前の白を見つめる。
几帳面な蔵らしく、隙間なく巻かれた包帯。
蔵が右手でそれにそっと触れると、私を囲うスペースがさらに狭くなって、身体がぴたりと密着した。
ほとんど吐息だけで形成された「見たいん?」という声が耳にダイレクトに吹き込まれて、思わず声が漏れそうになる。
腰がぞくりと震えてしまったのを、蔵はもちろん気がついているだろう。
「なあ、見たいん?」
もう一度、吐息でそう尋ねてきた蔵が、包帯をほんの少しだけ解いた。
しゅる、という音がやけに耳につく。
顔に熱が集まるのを感じながら、本当に蔵は包帯の下に毒を持っているのかもしれない、と思う。
今の私はまるで骨抜きで、拒否の声を上げることも、蔵の動きを制止することもできない。
見たいけれど見たくない、そんな相反する思いがぶつかって、反射的に目を閉じた。