第63章 たとえば君が〔白石蔵ノ介〕
「お、フクジュソウか。このへんのページ、毒草ばっか載ってんねん」
蔵の長い指が図鑑のページをめくっていく。
「スイセンにも毒あんねんで、よく見かけるけど」なんて写真を指差す蔵の口調はやっぱり楽しそうで、少し胸が苦しくなる。
ああ、なんで私の心はこんなに醜いんだろう。
ページを繰る蔵の手がふと止まったと思ったら、ぽつりと「渚がもし毒草やったら、えらい甘くて美味い毒持ってるんやろな」という呟きが落ちてきた。
「幸せな気分で眠りについたらそのまま死んでまうってパターンやろと思うわ」
「…それ、褒めてる?」
「おん、めっちゃ褒めてるで」
自信満々にそう即答した蔵に、買いかぶりすぎだよ、と言いかけて飲み込む。
だって私の中にある感情は、そんなに綺麗なものじゃない。
蔵のことを好きなのは本当の気持ちだけれど、何の罪もない植物にすら嫉妬するなんて、そんなの単なる八つ当たりだ。
私は蔵にふさわしい存在なのだろうかという不安も、もっと素敵な人がいるんじゃないかという卑屈な感情も、他にも挙げだしたらきりがない。
そんなどろどろとした想いなんてきっとただ不味いだけで、毒にも薬にもならないと思う。
「蔵は毒草っていうより、食虫植物って感じだよね」
「…それ、褒めてるん?」
「うーん、たぶん?」
私がそう言うと、蔵はくつくつと喉の奥で笑った。
「すごく綺麗な花だなって思って触れちゃったら、そのままぱくって一飲みに食べられて、一生出てこられなくなっちゃう気がする」
だって、私が現にそうだもの。
蔵の華やかな魅力にどうしようもなく惹きつけられて、食べられてしまう哀れな虫。
けれど、この人は食虫植物ですよと宣告されていたとしても、私は自ら進んでかかっただろう。
自分という人間の小ささが嫌になることもあるけれど、蔵と一緒にいるのはそれ以上に幸せだと思うから。
蔵が笑って髪を撫でてくれるだけで、単純な私は幸せになれてしまうから。
そう、今みたいに。
だから、蔵という食虫植物に食べられてしまうのも悪くないと思うのだ。