第63章 たとえば君が〔白石蔵ノ介〕
律儀な彼なら直接言いにきてくれてもよさそうな場面なのに。
そう思って、はっとする。
さっき自分が「メールでもよかったのに」と言ったことを思い出したからだ。
照れ隠しのついでに何の気なしに口にした言葉だったのだけれど、私の些細なわがままを漏らさず叶えてくれる蔵の細やかさを、少しもどかしく感じる。
だって私は今、さっき蔵が私に言ってくれた以上に、彼の顔を見たいと思っているから。
いつもに増して思考が鬱々としているのは、やっぱりこの天気のせいだろうか。
少しでも気分を変えたくて、普段は足を向けない図書室へ向かった。
人はほとんどいなくて、賑やかしいことで有名な四天宝寺とは思えない静かさ。
蔵に「図書室にいるね」と返信をして宿題に手をつけると、その静寂のおかげか思いのほかはかどって、あっという間に片づいてしまった。
蔵からの返信が来ないところを見ると、まだ委員会が続いているのだろう。
どう暇を潰そうかと思ったけれど、せっかく図書室に来たのだから本棚を物色してみようかと立ち上がった。
私が普段積極的にページを繰るのは恋愛小説やライトノベルくらいだけれど、面白そうなものがあれば読んでみてもいい。
ふと目についた植物図鑑を手に取ったのは、そんなことを考えながら書棚の間をあてもなくふらついていていたときだった。
分厚くてずっしりと重たいそれを、本棚の縁に置いてぱらぱらとめくってみる。
見たこともない花や、単なる雑草としか思えない植物の写真が、所狭しと記されていた。
大して興味があるわけではないから内容が頭に入ってくるわけではないけれど、蔵が好きそうだな、とぼんやり思う。