第63章 たとえば君が〔白石蔵ノ介〕
放課後の時間を潰す場所として、自分のクラスではなく図書室を選んだのは単なる気まぐれだったし、まるで用事なんてないはずの図鑑の書棚に足を踏み入れたのも「なんとなく」としか言いようがないのだけれど。
もし今大地震が起きたら確実に本に潰されて圧死するだろうなとか、本のタイトルよりも禁帯出の赤いシールばかりが目につくなとか、そんなことを思いながら図鑑コーナーを通り過ぎようとしたときだった。
植物図鑑。
たった一冊、その本だけが、整然と並んだ本の壁の中から浮き出ているように見えた。
朝から降り続いている雨で、今日の部活はオフになったのだと。
蔵がわざわざ私のクラスまでそう伝えに来たのは、昼休みのことだった。
ちょうど友達からのメッセージを受信した私のスマホが机の上でカタカタと震えたから「メールでもよかったのに」と言うと、蔵は「連絡事項はついでや。渚の顔見たくなって来てしもた」と耳打ちした。
その口調からは本気か冗談かはわからなかったけれど、久しぶりに一緒に帰ろうと言ってくれたのは純粋に嬉しかった。
ちょっとした芸能人なんかよりよっぽど格好いい私の彼氏は、どこにいても周囲の目を引く。
顔を寄せた私たちにクラス中の女子からちらちらと羨望の視線が浴びせられて、少し誇らしく思う反面、その視線は痛くもあって。
それに、蔵がこんな殺し文句をさらりと言ってのけるのは言い慣れているからなのだろうか、なんて屈折した勘繰りをしてしまう自分もいる。
「じゃ、またあとでな」と言い置いて離れていった蔵に、何かもっと気の利いた言葉をかけられなかったものかと小さなため息が出た。
それも他人から見れば、男前な彼氏にうっとり見とれた甘い吐息にしか映らなかっただろうけれど。
約束していた放課後になって、手早く荷物をまとめていたら、スマホが蔵からのメッセージを受信した。
急遽委員会で集まることになったから少し待っていてくれと、蔵にしては珍しく、手を合わせる顔文字つきの文面。