第62章 Stand up, baby!〔桃城武〕
わしゃわしゃと髪をかき混ぜる仕草は、たぶん照れ隠しだろう。
へへ、とほころんだ口元に、白い歯が見えた。
やっぱり桃には笑顔が一番似合うし、桃の笑顔は私を幸せにしてくれるな、と実感して、私もつられて笑顔になる。
「そうと決まれば、部活行かねーと!」と言って立ち上がろうとした桃のお腹が、ぎゅるるる、と大きな音を立てて鳴った。
絶妙なタイミングに思わず吹き出すと、桃は頭を抱えて本気で照れた。
「うわー、カッコわりー…!」
「あはは、レギュラー落ちるしお腹鳴るし、ほんと散々だね!」
そう笑い飛ばしながら、通学カバンの中からここに来る道すがらコンビニで買っておいたパンを取り出して手渡す。
購買はもう閉まっていたから桃の好きな焼きそばパンではないけれど、頑張れの気持ちを込めて、お腹にたまるような惣菜パンだ。
驚きつつ「サンキュ」とはにかんだ桃に、耳打ちする。
「でも、どれだけカッコ悪くても、私は桃のこと好きだし、応援してるから」と。
「お前の方がよっぽどカッコいいよな…俺も見習わねーと」
今度こそ立ち上がった桃が差し伸べてくれた手を取って、隣に並ぶ。
ここに来たときよりも、川面がきらきらと輝いて見える。
ラケットバッグを拾い上げる桃は、前と同じ、テニスをするのが楽しみでたまらないという表情をしていた。
自転車に跨りながら、桃が「駅まで送るから乗ってけよ」と後ろを指した。
その背中が前よりたくましく感じたのは、きっと私の気のせいじゃない。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました。
原作無視甚だしい作品になってしまい、桃杏推しの方にはごめんなさい…久々の桃、いかがでしたか?
一番こだわったのは、夢主ちゃんが寝たふりする桃に声をかける場面。
桃の彼女って、このくらいとっさの機転が利く、バランス感覚の優れた女の子だと思うのです。
落ち込んでるとき、単に慰めて落ち込む前のテンションに戻すだけじゃなくて、それ以上にモチベーションを上げられる、そんなファインプレーがアドリブでできちゃうような。
こういう「デキる子」を夢主にすることはあまりないので、書き終えた今もなんだか新鮮な気分です。
日記でも書きましたが、この短編集、二十万打を達成しました。
ひとえに読者の皆さまのおかげです、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。