第62章 Stand up, baby!〔桃城武〕
「おまっ…、み、見えてるっつの!」
「えっ、きゃ、やだ! 桃のえっちー」
よし、掴みはばっちりじゃない?
スカートの中が見えるようにしたのは、もちろんわざとだ。
このくらいのサービスをしてやらないと、桃はきっと私を帰そうとする気がしたから。
ベビーピンクなんていかにもわかりやすい色の下着を身につけていたのは偶然だったけれど、運がよかったとしか言いようがない。
これがもし昨日ならネイビーだったから、鈍い桃は気がつかなかったかもしれないし、気がついたとしてもありがたみが薄れたんじゃないかと思う。
桃はこちらが申し訳なくなるくらいに取り乱して、がばっと起き上がった。
桃の気が変わらないうちにと、私は隣に座り込む。
桃は、傍らに置いていたスポーツドリンクのペットボトルをやけくそのようにぐいとあおった。
飲み終えると手持ち無沙汰になったのか、ようやく口を開いた。
「…風邪、もういいのか?」
「うん、もう平気」
ご心配おかけしました、とおどけてみせると、桃はばつが悪そうな顔で目をそらして、川面を見つめた。
「バレちまったな」という言葉のあとに続いた、はは、という乾いた笑いが、そのままため息へと変わる。
近くに桃のラケットバッグが無造作に置いてあるのが見えた。
ところどころ擦り切れて年季が入ったそれを、桃がイラつきに任せて放り投げている場面がありありと浮かぶ。
海堂は「辞めちまえ」と言っていたけれど、桃がまだラケットを持ち歩いているのは、やっぱりテニスを諦めきれなくて、辞めたくないからなのだろうという気がした。
「俺からテニス取ったら何も残んねーよな、残んねーよ…」
桃がぽつりと言って自嘲気味に笑う、それはとても珍しいことで。
その横顔が本当に淋しそうで、きゅう、と胸が痛んだ。