第61章 真紅の深淵〔財前光〕*
「きッ、ひゃああっ?!」
予想していなかった行為に、声が裏返る。
光の舌が触れたのは、濡れそぼる私の中心ではなくて。
赤く染めたばかりの足先、だった。
硬く乾いた地面を踏みしめることに慣れ切っている足が、その違和感に飛びのく。
「何逃げてんすか、じっとしいや」
低く脅すような口調で光が言うのと同時に、両足首をぎゅうと掴まれた。
唇が言葉を紡ぐたび、その微かな動きと息遣いが足先に伝わってきて、くすぐったい。
足の自由を完全に奪われてしまった私は、「やだ、やめて」と悲鳴を上げながら身体を起こした。
光を引き剥がそうと肩をぐっと押したけれど、鍛え上げた身体はぴくりとも動かない。
「だめ、ね、きたない、から…」
「汚い? んなわけないやん、めっちゃ綺麗すよ、この色」
「ひ、んっ…」
「よう似合うてるわ」
光はちらりと視線だけをこちらに向けてそう言った。
汚いってそういう意味で言ったんじゃないんだけど、と言おうとしたのに、心臓が飛び跳ねたせいで何も言えなくなった。
光が言葉に出して、しかも手放しで褒めてくれることはとても珍しい。
どれだけ気合を入れておしゃれをしたところで、いつも「まあ似合わへんこともないんちゃいます?」とか「悪くはないと思いますけど」とか、微妙な肯定しかくれないから。
状況も忘れてときめいていたら、光は赤いペディキュアにキスをするように、薄い唇を足先に寄せた。
小さくのぞいた舌が、爪と皮膚の境目をつう、となぞる。
くすぐったさと甘さの、ちょうどぴったり真ん中。
それは、これまでに味わったことのない感覚だった。