第61章 真紅の深淵〔財前光〕*
「本、読んでるんだけど」
「そんなん、後でもええやろ」
「…よく言うよ」
光だって似たようなものじゃない、と。
腰を上げてベッドの端に浅く座りながら、口から出かけたその言葉はぐっと飲み込んだ。
これから起こるはずの行為が、甘いものであるように。
「いつももっと抵抗するくせに、今日はえらい素直なんすね」
「…そう?」
「誰もおらへんから期待してたんや? やーらし」
腕を引かれたと思ったら、あっという間に組み敷かれた。
荒っぽい動きでベッドが軋む音と一緒に、光の低い声が耳を撫ぜる。
首を横に振りながらも、やっぱりこうなることを期待していたのかもしれない、と思う。
だってもう私の身体は、光を迎えて悦ばせるための準備を着々としているから。
にやりと意地悪く笑う光の顔が近づいてきて、目を閉じた。
そんな表情にさえ見惚れてしまう自分が少し悔しいけれど、そんな考えはすぐにどこかへ飛んでいってしまった。
声はおろか呼吸まで、私の一切合切すべてを奪い取ろうとするキスが、あまりにも濃密で。
ようやく唇が離れたときに初めて、私は自分のシャツのボタンがいくつか外されていたことを知った。
「何これ、もう勃ってますけど」
「きゃっ、ん…」
下着の中の尖りをきゅっとつねられて、濡れた声が漏れた。
触れられるのを待ちわびていたことを指摘する光は、普段の無気力はどこに消えたのかと聞きたくなるほど楽しくてたまらないという表情をしている。
息が跳ね始めている私とは対照的だ。
半端に乱されたシャツ、肩紐だけで身体に引っかかっている下着。
それをかいくぐるように、蠢く光の手。
光の指先は冷たい。
私の身体が火照れば火照るほど温度差は大きくなって、冷たさは存在感を増す。
もともと器用な手がもたらす刺激が、何倍にも膨れ上がるのだ。
無意識のうちに膝を擦り合わせて、光に「急かしすぎっすわ」と呆れられるくらいに。