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短編集【庭球】

第61章 真紅の深淵〔財前光〕*


光に愛想がないのはもともとで、それに慣れきっている私は、彼のまるで興味のなさそうな返答にも何も思わなかったのだけれど。
今日は部屋に入ったときから、旋律がはっきりとわかる、私好みの曲を作っていた。
何の気なしに口にしたわがままを実現してくれたような気がして、一人こっそり嬉しくなった私が「こないだとはずいぶん違う感じの曲だね」と言うと、光は「いろいろ作ってるんやから違って当然やないすか」と冷めた視線をこちらへ投げた。
意外と愛されているかもしれないなんて、さすがにそれは思い上がりだったか、と自分に対する苦笑が漏れたのは、二時間ほど前のこと。



「…ふぇ、ひ、ッくしゅん!」


外は暑いくらいだけれど、室内は意外と冷える。
カーペットの上とはいえ床に座っていたからか、スリッパを履いているのに足先も冷たい。
すん、と控えめに鼻をすすって身体をもぞもぞと動かすと、光が「相変わらず変なくしゃみやな」と抑揚なく言った。


「普通だと思うんだけど…だいたいくしゃみするとき、格好つけようとか可愛くしようとか思ってる暇なくない?」
「ま、そっすけど」


伸びをしながら椅子から立ち上がった光は「あー、集中切れた」と私を咎めているのかいないのか微妙な発言をして、そのままベッドに寝転がった。
ベッドにもたれている私に向かって寝返りを打ったらしいことが、背中で聞いた息遣いでわかった。


「……ねえ、こっち来てくださいよ」


ちらりと背後を見遣ると、片腕を枕に私をじっと見つめている光と視線がかち合った。
決してそらすことなく私を覗き込む、挑戦的とも言える瞳。
その奥の奥、ほんの少し熱っぽさが揺らめいた気がした。

そういえば、今日は光の家族はみんな出払っているんだったっけ。
頭の隅でそんなことを思い出して、どきりとする。
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