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短編集【庭球】

第61章 真紅の深淵〔財前光〕*


*裏注意
*高校生設定




シンセサイザーの電子音だけで構成された音楽が、半端なところでぷつりと途切れた。
その唐突さに、本からそっと顔を上げる。

音楽の出所は、この部屋の主が操るパソコン。
腕を組んで椅子の背もたれに身体を預けながらディスプレイを見つめていた光は、「悪くはないけど何か足りひんな」と誰に聞かせるでもない呟きを落として、キーボードを抱え込むように再び背中を丸めた。
まだしばらくはこの調子だろうと判断した私も、再び手元の小説に視線を落とす。



共通項は図書委員だけで、学年も部活も違う私たちは、平日にはほとんど顔を合わせる機会がない。
だからテニス部が休みの日曜は必ず、私が彼氏である光の部屋を訪れることにしている。

といっても、お互いの近況報告のあとにやることといえば、光はパソコンで作曲、私は持参した本を読むという、我ながら「それ、わざわざ二人でいるときにしなきゃいけないの?」と聞きたくなってしまうようなことなのだけれど。
実際、それぞれ別のことをしていて互いに熱中していると、ほとんど話さないこともある。
でも、同じ空間で一緒に過ごす穏やかなこの時間が、私はとても好きだった。
それは「今週も来ます?」ではなくて「今週も来るやろ?」と、疑問ではなくて確認のための問いかけをしてくる光も同じなのだと思う。



先週ここに来たときに光が取り組んでいたのは、もっと難解な曲だった。
私は光と違って音楽にはてんで詳しくないけれど、ビートとグルーヴだけで進んでいくような。
私の「その曲、かっこいいけど難しい」という感想に、光は「は? 難しい?」と少しだけ眉を動かした。


「私はもっとわかりやすい、メロディアスな曲が好きだな」


光の反応は「ほーん…そっすか」と、それだけだった。
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