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短編集【庭球】

第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*


「全日本選手権…って、日本で一番強いってこと?」
「まあ、平たく言えばそうなるかな。たまに世界大会とかにも出てたんだけど」


画面をスクロールしていくと、確かに精市の言うとおり、いろんな大会で優勝したという見出しが出てくる。
中には国別対抗選手権の代表としてイギリスに歴史的勝利を収めた、なんて記事もあって。
自分の理解の範疇を軽々と超えてくる事実に、頭が痛くなる。


「本当、だ…」


吐き出すようにそう言ったら、膝の力が抜けて床にへなへなと座り込んでしまった。
だって聞いてない、目の前の男がそんなにすごい人だったなんて。
精市がゆっくり屈んで、私に視線を合わせてきた。
そして「黙っててごめん」と眉を下げて「カミングアウトしたら渚さんに構えられちゃう気がして…それが嫌で言えなかったんだ」と続けた。
花束の包装紙が、がさがさと音を立てる。
私は、ううん、と首を横に振るのが精一杯だった。


「で、指輪の話なんだけど」
「…うん」
「俺、渚さんにプロポーズしようと思ってるんだ」
「ぶっ、ぷろ…?!」
「そう。昨日契約してきて、養えるだけの収入はありそうだから」


八歳も下の恋人が、何の取り柄もない平凡なアラサーの自分と、結婚を考えてくれていたなんて。
それが実は、世界を股にかけて活躍するテニスプレイヤーで、大企業をスポンサーに持っているだなんて──
そんな夢見ることさえ憚られるようなシンデレラストーリー、他人の話だってそう簡単に信じられるものではないのに。
まさか自分の身に降りかかってくるなんて、誰も想像していない。
というか、私自身がまだ信じられていないのだ。
思わず口をついて出た「う、嘘…」という言葉に、精市は「嘘吐くタイミングじゃないだろ」と笑って言った。


「本当は今日、花束と指輪を持ってプロポーズしようと思ってて、さっき見に行ったんだけどね」
「…うん」
「花はわかるんだけど、ジュエリーはちっともわからなくて…渚さんが気に入らなかったら嫌だからやめておいたんだ、買うの」
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