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短編集【庭球】

第9章 秋は夕暮れ〔渡邊オサム〕


「今日のオサムちゃん、なんや機嫌ええなあ」

小さな声で私の妄想を破ったのは、隣の席の忍足くん。

「え、そう? いつもと同じじゃない?」
「んなことあらへんで。爪楊枝、見てみ」
「爪楊枝?」
「アレがピコピコよう動くときは、機嫌ええねん」
「へえ」
「あんまり動かんときは要注意っちゅー話や」

声を潜めてそう言って、忍足くんがにっと笑う。
全然知らなかったなあと思っていたら、教卓からさっきよりも数段低い声が飛んできた。


「おいそこ、何をいちゃこらしてんねん! 俺の授業聞かれへんちゅーんかー?」
「そ、そんなことあらへんて、オサムちゃん! なあ、渚」

忍足くんは私に話を振ってきたけれど、私はこくこくと頷くことしかできなかった。
オサムちゃんの目が、すごく冷たかったから。


「なんやねん、息ぴったりやないか。白石ィ、次の学校新聞、こいつらのラブロマンスにしたらどや?」
「うっわ、オサムちゃん、それ俺がこっそりあっためとった企画やったのに! 完全にネタバレやわー、ひどいわー」

白石くんの絶妙な参戦で、クラスがどっと湧いた。
忍足くんは困った顔で「ちゃう、ちゃうんやって!」なんてひらひら手を振って。
どこからか「ひゅーひゅー」とか「お似合いやでー」なんて声も飛んできて、いたたまれなくなる。


ひとしきり騒いだあと、オサムちゃんは手をぱんぱんと叩いてざわつきを鎮めて、授業を再開した。
忍足くんの言う通り、確かに爪楊枝の動きが鈍くなった気がした。
白石くんを見ると、眉尻を下げて「堪忍な」と謝ってくれたのが、口の動きだけでなんとなくわかった。

結局授業が終わって教室を出て行くまで、オサムちゃんは一度も目を合わせてくれなかった。
授業の内容も、ちっとも頭に入っていなかった。
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