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短編集【庭球】

第9章 秋は夕暮れ〔渡邊オサム〕


「あ、オサムちゃんやー」
「チャイム鳴ったでー、始めよかー」

火曜日の三限目、古典の授業。
教室に入ってくる彼と一瞬だけ、視線が絡む。
目深に被った帽子からのぞく眼差しがほんの少し、優しいものになった気がした。




オサムちゃんと付き合い始めて、半年になる。

堂々と外を歩ける関係ではないから、近くの駅で待ち合わせるなんてことはできない。
休日にドライブひとつするにも、かなり離れた駅で拾ってもらっている。
平日は、電話やLINEのやりとりが精一杯で。
だから週に二回、教室で顔が見られるこの時間は、とても大切。
授業中に何度か目が合うのが、私のささやかな幸せだ。




「今日から枕草子やな、ええかー? 春はあけぼの、夏はよる、秋は夕暮れ、冬はつとめて。これ世界の常識やから、覚えときいやー」

少し癖のある字で、オサムちゃんは黒板に枕草子の出だしを書き写していく。
帽子からはみ出した後ろ髪が、肩に当たって少し揺れて。
煙草の香りがここまで漂ってくるような気がして、一人でどきどきする。
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