第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
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渚さんの部屋を訪ねるとき、俺は必ずエントランスのインターホンを鳴らすことにしている。
ほしいと押し切った合鍵を使えば、そのまま上がりこむこともできるけれど。
俺は怖いのだ。
何の合図もなく踏み込んだとき、彼女が誰か別の男と一緒にいることが。
俺と彼女は互いに愛し合っている、思い上がりでなければそれは間違いないと思う。
けれど、八歳という年齢差は俺を不安にさせるには充分で。
それはあの日、右も左もわからないまま放り出された異業種交流会とやらで感じた不安によく似ている。
俺の経験したことのない社会人生活はどんなもので、彼女はどんなことを考えているのだろうと。
花を持っていくと、彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれるから。
その心からの笑顔が見たくて俺は毎回、花を手土産にする。
庭にちょうどよく咲いたものがあれば、その中でも目を惹くものを選ぶ。
彼女と出逢う前は、手塩にかけて育てたものを一番綺麗な時期に切ってしまうなんて考えもしなかったけれど、今は一番綺麗な時期を誰よりも彼女に見てもらいたいだなんて、人間って変わるときは変わるものだ。
花屋さんに寄るときは、庭には植えていない花で、もうすぐ蕾がほころびそうなものを選ぶことにしている。
その方が長く飾っておけるからだ。
マーキングの意味も込めていると言ったら、笑われるだろうか。
玄関のカウンターに俺からの花があれば、少しは男避けになるんじゃないか、なんて。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」と言いながら靴を脱いだ。
カウンターには何も置かれていない。
この間ここに来たのは二週間近く前だったし、そのときも庭に咲いたコスモスを持ってきたから、さすがに寿命だったか。
そう自分を納得させようとするけれど、腹の奥に残る微かな不安は、なかなか取り除けない。
本当は、俺の贈る花が絶えないように、毎日でも会いたいのだけれど。