第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
私は怖いのだ。
年齢も含めた全ての要素で、彼と釣り合っていないという現実を突きつけられるのが。
この関係が結婚に結びつくようなものではないことを、私は知っている。
会うたびに魅力的になっていくこの男は、いつか必ず私のもとから離れていくに違いない。
今どれだけ愛し合っていたところで、気持ちは移ろうものだということを、私は嫌というほど思い知ったのだ。
それなのに、あちこちに出かけて思い出づくりに躍起になるなんて、そうやって情を買って繋ぎとめておきたいなんて、バカげている。
けれど、そう思っていながらも新しい恋の相手を探そうとしない私は、雑貨屋でおしゃれなフラワーベースを見つけるとつい手を伸ばしてしまう私は、もっともっとバカだ。
彼にもっと愛されたいと、心の底から願ってしまっている。
私に残された時間は多くはないということも、彼にかまけた分だけ残された時間がさらに少なくなるということも、私は知っているのに。
「…渚さん? 大丈夫?」
気がつくと、精市が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
ずいぶん湿っぽい考え事だったなと、苦笑いが漏れる。
「大丈夫、ごめん。少しぼーっとしちゃって」
「そう? ならいいけど…シャワー先に借りていいかい?」
自分で言うのもおかしいけれど、婚期が頭にちらついている三十路目前の女ほど危険なものはない。
バスルームに向かう精市の背中を見送りながら、逃げるなら早く逃げて、なんてまるで他人事のように思った。
精市とは、別れるときに揉めたくないのだ。
お互いの存在を綺麗な思い出にできるうちに、笑って別れたい。
けれど、私から別れを切り出すことはできそうにないから。
優しいあなたはきっと、離れたくないと言ってくれるだろうから。
だから、あなたが私から逃げて。
ああもう、矛盾だらけで脳みそが空中分解しそうだ。
時間が止まればいいのにと、年齢なんて概念がなくなってしまえばいいのにと、ありもしないことを願った。