第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
大きな花束は、当然一つのフラワーベースには入りきらない。
家にある花瓶類を総動員しなければと棚からベースを出しながら「インカレってこんな時期にあるの? ぜんぜん知らなかった」と尋ねると、精市は「うん、まあそんなところ」と言いながらその作業を手伝ってくれた。
せっせと活けて飾ってみると、一人暮らしの手狭な部屋はあっという間に花であふれて、花屋さんか植物園にでもなったような賑やかさになった。
エプロンをつけて、ダリアを包んでいた新聞広告を剥ぐ。
ダリアの茎は中が空洞になっていて、とても折れやすい。
こんなにも大きな花を咲かせるためにはきっと、間引きをしたり、支柱を立てたりしなければいけないのだろう。
花を育てる苦労にまで考えが及ぶようになったのは、精市と出逢ってからだ。
こんなこと、以前は思いもしなかった。
私が花を活けるときの精市の指定席は、キッチンの隅だ。
手元を見られていると思うと少し緊張するし、思い上がりでなければ顔を見られていると感じる瞬間もあって、その視線の熱っぽさにはなかなか慣れない。
「…綺麗だなあ」
「ね、本当。あなたが手間暇かけて育てたからだと思う」
「違うよ。ダリアじゃなくて、渚さんが綺麗だって言ったんだ」
「っ、もう…」
そんなお世辞、どこで覚えてくるの?
けれどたとえ嘘でもやっぱり嬉しくて、とっさに浮かんだ可愛くない言葉を飲み込む。
ダリアの茎にハサミを入れる手が少し震えた。
「完成?」
「うん」
口が細くなった花瓶にダリアを活けて、水を入れる。
玄関のカウンターに飾ると、北向きで日光が入らないはずの玄関がぱっと明るくなった気がして、自然と笑みが漏れる。
キッチンに戻ってゴミを片づけようとしたら、不意に精市に後ろから抱きしめられた。
首筋にそっと、キスが落ちてくる。
精市の誘いはいつも唐突だ。
それは若さゆえなのか、それとも彼の性癖とでもいえるものなのか、私はいまだに判断ができていない。
もれなくその誘いに乗ってしまう私も私だけれど。