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短編集【庭球】

第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*


よく花を買うのだと言った彼女の、不思議そうに俺を見る視線がくすぐったい。
ああ、そういえばアガパンサスの花言葉は「恋の訪れ」だったな。
花の話をしながらそんな気障なことを考えてしまったのは、酔っ払っていたからか、それとも一目惚れというやつだったか。


「うち、来ます? 近いですけど」


さらさらの長い髪を揺らした彼女が、ぽつりとそう言った。
「いいんですか、是非」と返した俺は、柄にもなく胸が高鳴っているのを感じていた。
社員さんに騙し討ちされたのは決して気分のいいものではなかったけれど、今はもうすっかり許す気になっていた。


* *


精市が二十歳になったばかりの学生だと聞いたのは、あの日、部屋で紅茶を出したときだった。
驚きすぎて紅茶を派手にこぼしてしまったのは苦い思い出だ。

立海大経済学部の三年生、体育会テニス部に所属。
それが精市のプロフィールだった。
知り合いに「合コンだから」と頼まれて渋々参加したら、周りが社会人ばかりで焦ったらしい。

一般論としては、年齢差を考えれば恋愛対象から外れてしかるべきだし、むしろこんな歳下の男の子に手を出すなんて軽く犯罪のにおいがしそうなくらいで、それは私も重々承知しているのだけれど。
年齢差以上に私は強く彼に惹かれてしまったし、彼もそうらしかった。

他人のぬくもりが恋しかったという側面や、婚活という名の合コン通いに疲れていたという事情も手伝って、求められるままに合鍵を渡すまで、そう時間はかからなかった。
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