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短編集【庭球】

第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*


自慢話しかできない男と、媚びたいだけの女ばかりのテーブルは、名刺交換がもう終わっていたのが救いだった。
こんな大人にはなりたくないなと思いながら、こんな実のない話を聞くくらいなら食事にがっついてしまいたいところだけれどそういうわけにもいかず、お腹だけは膨れるビールをひたすら口に運ぶ。
少し離れたテーブルについた社員さんを見ると、持ち前のトークスキルを遺憾なく発揮しているらしかった。
仁王ならもっとそれらしく上手くやるのだろうかとチームメイトの顔を思い浮かべつつ、のらりくらりとやり過ごした。



時間がいつもの三倍くらいに感じられた飲み会が終わると、持ってもいない名刺を要求される前に、逃げるように外へ出た。
社員さんの言い訳を聞いてみるかと、少し離れたところから彼を探したけれど、参加者が多いこともあってなかなか見つからない。
もしかして逃げたのか、だとしたらいい度胸をしているなと思いながらぐるりと視線を巡らせると、集団に背を向けて歩道脇の花壇のそばに佇む女の人に目が止まった。
どうやらアガパンサスの花を見ているようだった。

花壇のアガパンサスはちょうど咲きそろって見頃を迎えていて、彼女が愛でるのもよくわかる美しさだったけれど。
静かに花を眺める横顔はどこか憂いを帯びていて、視線の先の花なんかよりもずっと綺麗だと思った。


「アガパンサスの時期ですね」


しばらく彼女に見惚れていた、と思う。
花にはうるさい俺がこんなことを思うなんて初めてだ、と気がついたときには、吸い寄せられるように歩を進めて、そう声をかけていた。
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