第8章 草枕〔千歳千里〕
「千歳、ちょっと苦しい」
「千里」
「え?」
「千里、たい。千里ち呼ばんね」
「せ、んり…」
二度、三度と降ってくる口づけ。
それは好きとか愛してるなんて言葉よりずっと、説得力がある。
ああ、このまま時間が止まればいい。
もともと千歳のまわりは、時間がゆっくりだけれど。
もっともっと、時の流れが遅くなってくれればいい。
そうすればこのまま、ずっと一緒にいられるのに。
ふらっとどこかへ行ってしまうこの人を、繋ぎとめておけるのに。
授業の終わりを告げるチャイムが、遠くで聞こえた。
気づかないふりをしていたら千歳に軽く小突かれて、抱き起こされる。
「授業、出るったい」なんて伸びをしながら言うから、私はとても驚いた。
「珍しいね、どうしたの?」
「こんままここにおって渚んこつ独り占めするんもよかばってん、白石に迷惑かけるけんね」
「ああ、そっか。そうだよね」
「…あ……いや、こんまま一緒におったら、我慢しきらんようになるけん」
そう言ってふい、と視線を逸らした千歳。
浅黒い顔が少し赤くなったように見えた。
先に立ち上がった背の高い影が、手を差し出してくれる。
無骨で大きな手に私の手がぴったりとおさまったから、やっぱり千歳の隣は落ち着くな、なんて再認識した。
* *
その日を境に千歳の授業出席率が上がったと、噂好きな忍足くんが教えてくれたのは数週間後のこと。
「暑いからじゃない?」と相槌を打ちながら、千歳をほんの少し繋ぎとめられたのかもしれないとくすぐったく思っていたら、白石くんが「せやなあ、雪でも降るかもしれへんなあ」なんて言って私にさりげないウインクを寄越したから。
白石くんにはすべてお見通しなんだな、と苦笑いが漏れた。
千歳が白石くんに「渚には手出さん方が身のためばい」と釘を刺していたなんて、私には知るよしもなかった。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました!
熊本弁が難しい彼、いまいちキャラが掴めない彼。
ぼんやりとした話になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
それにしても白石くんは、どんな役回りもさらっとこなしてくれちゃいますね。素晴らしい。やはりイケメンは違う。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。