第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
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テニス部にシューズやウェアを提供してくれているスポーツメーカーの若手社員さんに頼まれて、急遽参加することになった飲み会。
それが大学生の俺の来るべきところではなかったと知ったのは、スーツ姿の知らない男が乾杯の音頭を取っている店に少し遅れて入ったときだった。
「気楽な合コンだから」と言われていたのに、異業種交流会なんて聞いてない。
とっさに隣の社員さんを睨むと、彼は申し訳なさそうに両手を合わせて「ごめん、上手くやって! 頼むよ」と小さく言った。
「ラケットバッグは邪魔かもしれない、綺麗めのジャケパンなんか着てきてくれたらありがたいな」なんて、妙に注文が多かったのはそういうことか。
だいたいなんで俺なんだ、こういうのは仁王の専売特許だろ、と心の中で毒づいてから気がついた。
そういえば仁王には彼女がいるのだということに。
──しくじったな、俺としたことが。
社会人二年目を迎えたばかりだというこの社員さんは、どこか学生のノリがまだ残っていて、普段から俺たちのくだらない話にもよく付き合ってくれる。
前に彼女はいるのかと問われたとき、つい「いませんよ」と馬鹿正直に答えてしまったことを、俺はひどく後悔した。
部を手厚くサポートしてもらっているのには感謝しているし、彼の仕事の早さには常々恩も感じている。
だからこそ、気の進まない飲み会に来たのだ。
恩がなければ、帰りの電車がいかにも混みそうな金曜の夜、わざわざ繁華街で飲んだりしない。
それなのに身分を詐称しなきゃいけないなんて、しかも経験したことのない社会人に扮しなければいけないなんて、この仕打ちはちょっとひどいんじゃないか?
この貸しは大きくなりそうだと考えながら、彼の謝罪をスルーする。