第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
彼は、花壇に視線を投げながらそう言った。
その横顔がとても優しくて、本当に花を慈しんでいるのがよくわかった。
私の視線が気になったのか、彼はこちらをちらりと見て「何の花が好きですか」と尋ねた。
「今の時期なら…シャクヤクかな。秋はダリアもよく買います、一輪だけでも部屋が明るくなるでしょう」
「華やかですからね。シャクヤクは咲いてくれるようになるまで何年もかかるんですよ」
「そうなんだ、知りませんでした。買う側はもっとありがたみを感じなきゃいけませんね」
私はいたって真面目にそう言ったのに、彼はゆるく波打った髪を少し揺らして、面白そうにあはは、と笑った。
でも、それは決して嫌な笑いではなかった。
不思議な人だな、と思った。
「アガパンサスは大変なんですか、育てるの」
「いや、アガパンサスはいいですよ。あんまり手がかからないのにちゃんと咲いてくれる」
「それなら私でも育てられるかな。私、切り花はよく買うんですけど、育てるのは苦手で」
俺と逆だ、と言って、彼はまた笑った。
ぬるい夜風に、背の高いアガパンサスの花が揺れた。
「育てるのは好きだけど、活けるのは苦手で…見せてもらえませんか、よかったら」
そう言われて、今日が金曜で明日は休みだということも忘れて「うち、来ます? 近いですけど」なんて言ってしまったのは、酔っ払っていたからか、それとも一目惚れというやつだったか。
今となってはどちらでもいいけれど。