第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
その日は、異業種交流会という名目の大人数での飲み会だった。
私のテーブルには偶然フリーランスで働いている人が多くて、本当にお酒の席なのかというくらいビジネスライクな会話しか生まれなかった。
笑顔を貼りつけながら時間をやり過ごしていたら、あっという間にお開きになった。
スキルアップにはどのセミナーがいいか、なんて色気もへったくれもない話で盛り上がっていた私たちのテーブルは、二次会に行こうという流れになっていた。
次の店の予約をとみんながスマホをいじり始めた輪の隅。
しれっと帰ってしまおうと思いながらあたりを見回すと、歩道脇の花壇にふと目が止まった。
アガパンサスの花。
青紫の小さなユリがいくつも集まったような、かわいらしい花だ。
吸い寄せられるように歩を進めた。
母親が生け花の師範をしていて、実家には常に何かしらの花が飾られていた。
実家を出た今も、たまに自分で花を買う程度に花は好きだし、詳しい方だと思う。
別れた彼と付き合っていた頃は、開花宣言を聞けばお花見に行ったり、コスモスの花畑がニュースで流れれば足を延ばしたりしていたっけ。
そんな湿っぽい思い出が蘇ってきて、慌ててそれらを頭から追い出す。
「アガパンサスの時期ですね」
不意に柔らかい声が降ってきた。
近づいてきたのは、かなり離れたところに座っていた人。
一度も話さなかったけれど、どこか中性的なルックスは印象的だったし、彼が飲み会の場に少し遅れて到着したとき女性陣が静かにざわついたから、よく覚えている。
それより、男の人の口からアガパンサスの名前が出てきたことに驚いた。
それも、取ってつけたように今調べたのではなくて、言い慣れているのだろうと容易に想像させる淀みなさで。
「詳しいんですね、お花」
「ええ、ガーデニングが趣味で」
「へえ、男の人で珍しい…って、すみません、別に男女差別とかしたいわけじゃ…」
「ふふ、よく言われますから」