第60章 秘密の花園〔幸村精市〕*
私が彼に感じていたのは、もう燃えるような恋ではなくて、きっと静かな愛情のようなものだったけれど。
誰よりも大切で、ずっとそばにいたいという気持ちは嘘ではなかったし、きっとそうなるのだと信じて疑っていなかった。
別れたくないと泣いてすがったのは、彼を失いたくないという愛情からではなくて、将来への漠然とした不安と焦りからだったのだと、今は思う。
もしかして彼は、それに気がついていたのかもしれない。
どれだけ拝み倒しても彼は決して首を縦に振ってはくれなかったけれど、私が泣き疲れて諦めるまで、根気よく別れ話に付き合ってくれた。
結果的に円満にお別れすることになったけれど、悲しいものは悲しかった。
荷物をまとめて部屋を出たのは、私の方が先だった。
どちらかといえば彼の勤め先に近かったこの街から離れたくて、自分の会社に近い街に部屋を借りた。
思い出が詰まりすぎた家具類も、できるだけ買い換えた。
結婚資金、なんてこっそり貯めていたお金をこんなところで使うのかと泣きたくなった。
婚活サイトや結婚相談所へ登録するのは二の足を踏んだ。
趣味や特技の欄に書けることが一つもないのだ。
何の武器も持たず婚活戦線の最前線に身を投げる勇気は、私にはなかった。
彼氏がいた六年間、習い事やお稽古ごとを何か一つでもやっておけばと悔やんだ。
かわりに、それまで誘われても頑なに行かなかった合コンには、積極的に顔を出すようにした。
もちろん素敵な人がいたらいいと思いながら参加するのだけれど、これまで恋人に使ってきた時間が丸々フリーになってしまうと何をしたらいいかわからないというのも大きな理由だった。
住む場所や環境を変えても、家に一人でいると虚無感が襲ってきてどうしようもないのだ。
お酒を飲んで笑っていれば傷が癒えるというわけではなかったけれど、一人で鬱々と思考を巡らせているよりは、いくらか健全だった。
そういえば同棲に踏み切るとき、きっとこれが最後の恋だと思ったんだっけ。
その私が、新しい恋なんてできるのだろうか。
彼──幸村精市と出逢ったのは、そろそろ合コンに疲れてきて、そんな考えが頭をかすめ始めたときだった。