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短編集【庭球】

第59章 スクープの向こう側〔白石蔵ノ介〕


一年三百六十五日のうち、「今日の一面は絶対このネタだ」という超弩級のニュースがあるような日は、たった十日ほどしかないのだと、彼女は話してくれた。
逆に言えば、残りの三百五十五日は、特筆すべきニュースのない「日常」。
その中でも二月と八月は特にネタが少なくなるらしい。
「そういうなんでもない日におもろい話が載ってる新聞の方が、読みたくなるやろ? そこが記者の腕の見せどころやねん」と、彼女はまた白石くんの方を向いて言った。

ネタがないときのセオリーも、いくつか教わった。

ひとつはインタビュー。
ニュースは生ものだからタイムリーな話題は早く書いてしまわないと腐ってしまうけれど、インタビュー形式の記事はいつ載せても違和感がない。
彼女は「最近注目の人、って枕詞つけとけば大抵イケるで」と笑っていたっけ。
記事のボリュームが足りないとき、カサ増しがしやすいのも都合がいい。

もうひとつは、無理やり話題を捻出する方法。
たとえば、新聞部主催のお笑い賞レースを新たにつくって、その様子を記事にするのだ。
ただ、これはやりすぎると記事の価値が落ちてしまう、諸刃の剣だ。

そして奥の手は、ゴシップに頼ること。
「ほんまもんの新聞で『熱愛発覚!』みたいな記事はさすがに無理やけど、学校新聞みたいなカジュアルなやつなら、たまにはそういうのもええんちゃうかな」というのは彼女の弁だ。


職場体験を終えて学校まで戻る道中で、白石くんは「さっきは助かったわ、ほんまにありがとう」と言った。
白石くんがいつもしてくれるように「私は何もしてへんよ」と笑いながら「男前すぎるのも大変なんやね」と続けると、白石くんは少し驚いたようにぱちりと瞬きをして「ほんま、ありがとう」と小さく言ったあと、照れくさそうにはにかんだ。
そんな表情されるとこっちの方がどきどきしてしまうんやけど、と思ったのをよく覚えている。




──あかんわ、また白石くんのことばっかり考えてるわ。
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