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短編集【庭球】

第58章 Hello, again〔佐伯虎次郎〕


「…佐伯くんにもあるんだ、黒歴史」
「あるよ、そりゃ」
「意外だなあ、いつでもキラキラしてたから」
「はは、そんなことないよ」


隣を見上げると、柔らかな笑い声の印象に違わぬ笑顔が落ちてくる。
そんなことなくないよ、やっぱり佐伯くんはキラキラしてるよ、と言葉にならない声がお腹の中で渦巻いた。
顔が熱いのは、お酒を飲んだせい?


「他にもあるの? 黒歴史」
「あるよ、いろいろ」
「うそ、たとえば?」
「意地悪だなあ、言いたくないから黒歴史なんじゃないか」
「あはは、ほんとだ」


ゆっくり歩いていたのに、もう私の家のそばの公園が見えてきてしまって。
あの公園を過ぎたら、きっともう二度と会うことはなくなる。
今度こそ、思い出はここにすべて置いてくんだ。

そう思って、気がついた。
あれから八年も経ったけれど、佐伯くんの思い出はいつまでたっても生傷のままだったということに。

私はあの日から、一歩も前に進めていなかった。
それを私は心のどこかでわかっていて、だからわざわざ同窓会に足を運んだのだと思う。

臆病な片想いを拗らせすぎた自分に、表面を嘘で固めてきた自分に、区切りをつけたくて。


送ってくれたお礼と、さよならを言おう。
それから、佐伯くんと話せてよかったと、それくらいつけ足したって罰は当たらないだろう。

そう思って口を開きかけたときだった。
「黒歴史、いろいろあるけどさ」と、先に沈黙を破ったのは佐伯くんの方だった。


「…あ、教えてくれるの?」
「うん、チャンスはこれっきりだと思うからね」


どう言う意味、と尋ねることはできなかった。
佐伯くんがすぐに「いろいろあるけど、林さんに告白できなかったことが一番だよ」と続けたから。


「…え?」
「俺、ずっと林さんは樹っちゃんと付き合ってるんだと思ってて。友達の彼女なら仕方ないと思って諦めてたんだけど」
「………」
「もう時効かなって思って、さっき思い切って樹っちゃんに聞いたんだ。そしたら違うって、ただの幼なじみだって言うから、びっくりして」
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