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短編集【庭球】

第58章 Hello, again〔佐伯虎次郎〕


絶え間なく吹いていた海風が、びゅう、と一際大きな音を立てて駆け抜けていく。
首をすくめてやり過ごしていたら、佐伯くんも同じようにマフラーに顔を埋めていて。
あまりの冷たさにお互い生理的な涙を浮かべながら「寒いね」と笑い合った。

彼と同じ瞬間、同じ感覚を共有できるのが嬉しいと感じている自分に気がついて、驚く。
こんな感情、私のどこに眠っていたのだろう。


「林さん家ってどっちだっけ?」
「あ、うちは公園のそば。ジャングルジムがある公園なんだけど、わかる?」
「あっちの方か、了解」


ビジュアルのいい人は総じてそれを鼻にかけていて、そういう人を前にするとこちらも緊張でしどろもどろになってしまうことが多いのだけれど。
佐伯くんは昔からまったく気取っていなくて、親しみやすい雰囲気だったことを思い出す。
相手が話しやすいようにと目には見えない気遣いをしてくれる人で、今になって考えればいわゆる傾聴という一つのスキルだったのだと思うけれど、それを弱冠中学生でやってのけていたのだから、みんなが彼に惹かれたのもよくわかる。


「…やっぱり佐伯くんはロミオだ」
「え?」
「ううん、なんでもない。ねえ、お花見会の演劇、覚えてる?」
「わ、やだなあ、恥ずかしいこと思い出させないでくれよ」


私が問うと、佐伯くんは焦ったようにそう言って、所在なさげにさらさらの髪をかき乱した。
こんなに取り乱した姿は珍しい、というか見たことがないと思った。


「どうして? すごく似合ってたのに」
「あー…あれは黒歴史、なんだけどな」
「黒歴史?」


曖昧に苦笑した佐伯くんが、こちらの様子を伺うようにちらりと私を見た。
そのときまた強く風が吹いて、空気抵抗を少しでも減らしたい一心で、お互いに思わず立ち止まる。
止むのを待ってもう一度歩き出したら、歩調が心なしか遅くなった気がした。
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