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短編集【庭球】

第58章 Hello, again〔佐伯虎次郎〕


佐伯くんは相変わらずみんなの人気者で、一次会で帰ると言った彼を、女の子のみならず男の子たちも引き止めた。
佐伯くんは困ったように笑いながらそれらを固辞して、そっと帰ろうとしていた私に「林さんも帰り?」と声をかけてきたのだ。

私のことを覚えてくれていたのも、そして呼び止められたことも、どちらもまったくの想定外だった。
ただ男前というだけならこうはならない、やっぱり人望があるんだな、なんて遠く他人事のように思っていたのが、急に現実感と立体感を帯びて私を圧迫した。
かろうじて頷くと、佐伯くんは「俺もなんだ、よかったら送るよ」なんてこれまた信じられないことをあまりにさらりと言うものだから、私はしばらく息をするのも忘れていた。

飲み会の最中には、きっともう会わない人たちが大半だろうしわざわざ媚を売って好かれなくてもいいだなんて思っていたはずなのに、背中を向けていてもみんながざわついているのがわかって気が気ではなかったけれど。
当たり前のように私の隣を歩き始めた佐伯くんはそんなことはまったく意に介さない様子で、私と違ってこうやって騒がれることに慣れているんだなと妙なところに感心させられた。




「俺、姉さんがいるんだけどさ。姉さんが朝一番で婚約者連れてくるんだ」
「わあ、おめでたいね」
「俺も同席しろってうるさくてね…」
「佐伯くんとしては、相手がお姉さんにふさわしい人じゃなかったら容赦しないぞ、って感じ?」
「あはは、まさか。あんなわがままな人をもらってくれるなんてどんな聖人君子なんだろうって、会う前から尊敬してるよ」


思わずくすりと笑うと、彼も笑ってくれた。
その横顔は、同じ教室で机を並べた八年前よりずいぶんと大人びて、当時よりずっと魅力的になっていた。
夜九時半過ぎ、光源はぽつぽつと並ぶ街灯の薄明かりしかないのに、佐伯くんはどこか眩しくて。
見ていられなくなってそっと足元に視線を落とした。
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