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短編集【庭球】

第58章 Hello, again〔佐伯虎次郎〕


それからは彼氏を作ってみたり、恋人ごっこのようなことをしてみたこともあった。
どれも長続きはしなかったけれど、それなりに楽しかった。
恋の駆け引きも、酸いも甘いも覚えたつもりでいた。
大人になるってこういうことかもしれないなんて、一丁前に思っていた。

けれどきっと、心のどこかでは気がついていた。
失くした恋を忘れようとしているだけなのだということに。

「たまには顔見せなさいよ」という母親の電話をのらりくらりとやり過ごしながら、やっぱり地元には帰りたくないと思っている自分がいた。
今年度は単位はだいたい取り終えて授業もほとんどなかったのに、どうしても足が向かなかった。


* *


同じクラスだったときでさえ、並んで歩くなんて芸当はしたことがなかったのに。
八年後の同窓会、その帰り道で二人きりになるだなんて、誰が想像しただろうか。


「よかったの? 帰ってきちゃって」
「うん、明日朝が早くてさ」
「そっか」


三年半ぶりに帰省することになったのはこの同窓会のためだったけれど、なぜ出席しようと思ったのかは、正直自分でもよくわからない。
長く続いた学生時代を終える感傷なのか、それとももうすぐ社会人になる高揚感なのか。
とにかく、いつもとは違う感情に浮かされていたとしか考えられない。

地元を避け続けてきた私は、当然ながらレアキャラ扱いで、いい加減珍しがられた。
「雰囲気変わったね」と何人もに言われて、もう過去の私のことなんて忘れてほしいのに、と恥ずかしい気持ちになった。
大学の友達との飲み会とはまた違う、妙にウェットな独特の雰囲気は、予想どおりだけれど好きにはなれそうになかった。

幼なじみの樹っちゃんと少し近況報告をし合ったあとは、ちびちびお酒を飲みながら、みんなの話を右から左に聞き流していた。
はずなのに、少し離れたところで誰かが「サエ、彼女いるの?」と尋ねた声だけはもれなく聞きつけてしまうのだから、私の耳はなんともご都合主義だと思う。
「彼女? いないよ」と答えた佐伯くんの声に胸がきゅうと痛んだのは、なぜだろう。
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