第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕
自分で食べる気分にはなれないし、ここで捨てていくのは当てつけみたいで嫌だ。
帰りにどこかのゴミ箱に放ってこよう。
そう思って部室のドアを開けたら、誰かと思い切りぶつかった。
「うわっ」
「いっ!」
ぶつかった相手が日吉だと気がついたのと同時にザザ、と嫌な音がする。
下に目を遣るとガトーショコラの箱が紙袋から飛び出していて、音を立てながら地面を滑って、止まった。
あろうことか、日吉の足元で。
やばい、どうしよう、こんなの予想していなかった。
焦って固まるしかない私をよそに、日吉はかがんでそれを拾い上げた。
「日吉へ」と小さく書いたタグを目ざとく見つけたらしい。
日吉は「俺に…?」と呟きながら立ち上がって、「これ、誰からですか」と尋ねた。
「あ、えっと…ていうかごめん! 痛かったよね、大丈夫? ケガとかしてない?!」
「バカにしてるんですか、してませんよ」
不機嫌そうに眉をひそめた日吉は、もう一度「で、これ、誰からなんですか」と畳みかけてきた。
ああ、もう逃げられない。
心臓が全速で走ったあとのように打ち続けている。
緊張して、喉もからからだ。
覚悟を決めて、口を開く。
「わ、私、から…です」
「…え」
「迷惑だろうと思ったんだけど、私やっぱり日吉のことが、好き、で……ごめんね、本当これまで迷惑かけてばっかりで…」
「え、いや、ちょっと、待ってください」
恥ずかしくてやっぱり視線を彷徨わせながら絞り出すと、日吉は焦ったように私を止めた。
射抜かれてしまいそうなくらい、鋭くて真剣な瞳。
「先輩から、俺に、ですか」
「うん。ごめん、やっぱ迷惑だよね、ごめ…」
「迷惑なわけないだろ」
強い口調でそう言ったあと、日吉は「本命、として受け取っていいんですか」と小さく言った。
うん、と頷いたときにはもう、私は日吉の腕の中にいた。
驚く暇も与えられないまま、また言葉が降ってくる。