第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕
放課後の練習中も、部活後すぐに持ち帰ることができるようにとチョコの仕分けに追われていたら、練習が終盤にさしかかっても他の仕事はほぼ手つかずのままだった。
部室を出るのは私が最後になりそうだと思った。
結局、レギュラー陣は一度には到底持ち帰れない量だからと、跡部がそれぞれの家まで車で届けるよう手配してくれた。
実際彼らは、部室の前に積まれたもののほかにも、手渡しされたのだろう紙袋をいくつも抱えて帰っていった。
その中に着替えて部室を出ようとする日吉を見つけて、自分の中の勇気を全動員して呼び止めた。
けれど、振り返るのも面倒くさいというようにほんの少し首を捻って「榊先生に呼ばれてるので、すいません」とだけ言って。
振り返りもせずにすぐに出ていってしまった。
全身の力が抜けた気がした。
大事なタイミングを逃してしまった。
朝トリュフを「はい」と渡したとき、日吉が小さく「ありがとうございます」と言ってくれたことを思い出す。
あのくらい簡単に渡せればよかったのに。
言わなければいけないこと、言いたいこともたくさんあったのに。
一気にがらんとした部室で、私は部誌を開いた。
涙で字がぼやけた。
気を緩めたらまたとめどなく溢れてきそうで、歯をくいしばって我慢する。
普段泣くことなんてないのに。
それだけ私は日吉のことが好きなのだ。
練習をあまり見られなかったせいもあって、部誌はほとんど何も書くことがなかった。
空欄を適当に埋めて立ち上がる。
紙袋の中には、渡せずじまいだったガトーショコラ。
ラッピング頑張ったのにな、なんて思いながらコートを着た。