第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕
言葉も交わさなくなってしまった今の状況では、離れたところで何も変わらないかもしれないけれど。
それでもまだ、私は日吉のことが好きだった。
嫌われているというのに諦めきれないのはきっと言葉にして伝えられていないからで、伝えないと後悔する気がした。
日吉にとっては迷惑なだけかもしれない。
私も、元の関係に戻れるとは思っていない。
せめて迷惑をかけてごめんねと、謝ることくらいは許されるんじゃないだろうか。
どっちにせよすぐに卒業して、いなくなるのだから。
元マネージャーとしては、日吉と忍足の関係も気がかりだった。
日吉がもし何か誤解しているとしたら、せめてそれだけは解いておきたいと思った。
バレンタイン当日は予想以上に、まさに嵐のような凄まじさだった。
朝練に入るとき、部室の前に並べておいた各レギュラーの名前を書いた段ボール箱は、あっという間にうず高く積まれたチョコレートで見えなくなった。
そのうちにそれぞれのチョコの山がどんどん雪崩れて混ざってしまって、仕分け作業をする羽目になった。
休み時間に直接手渡しする子もいるだろうに、この数はすごい。
学校の男子全員に再分配しても余りが出そうだ。
私も、部員みんなに渡すトリュフを作ってきた。
といっても二百人分だから、作るのも一つ一つラッピングするのも大仕事だし、学校まで持ってくるのも大変だったけれど。
それとは別に、日吉には小さなガトーショコラを焼いた。
目を見て話すのはやっぱり恥ずかしさが先に立ちそうだったから、去年よりずいぶんと大きな日吉宛てのチョコレートの山の中に混ぜておこうかと思ったけれど、気づかれなかったら困るからやめておいた。
迷惑なだけだろう告白はさておき、謝罪だけは伝えなければ。
朝練のあとで部員にトリュフを配り終えてからも、ガトーショコラの箱は紙袋の中に入れたままにしておいた。