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短編集【庭球】

第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕


久しぶりに言葉を交わす恥ずかしさよりも、日吉が何を言っているかがわからなくて、虚を突かれる。
どうしてここで忍足が出てくるのだろう。

首を傾げると、日吉はもう一度「だから、忍足さんのところに行けばいいでしょう」と言って。
肩口に置いた私の右手を、さっと払った。

拒否、された──

手を払われて、初めて気がついた。
これまで背中を借りるとき、呆れ顔を向けられたり嫌味を言われたりはしたけれど、明確に拒絶されたことはなかったのだと。

行き場を失った右手が、重力に従ってすとんと落ちた。
「お先に失礼します」と不機嫌そうに言い置いた日吉は、振り返ることなく部室を出ていった。
いつもは騒がしい部室は、ドアが閉まったあともしばらく静まり返っていた。




今度こそ我慢の糸がぷつりと切れてしまった私は、日吉と極力距離を取るようになった。
さらに嫌われて傷つく勇気は、どんなに振り絞っても出てこなかった。

日吉も日吉で、私を露骨に避けていた。
そして忍足との関係も、ぎくしゃくしているように見えた。

私たちの関係性は明らかに変わってしまったけれど、他の部員も気を遣ってくれているのか、それとも呆れているのか、何も言わなかった。



一週間が過ぎ、二週間が過ぎて、二月になった。
バレンタインを控えたこの時期は、学校中の女子が学園祭のときよりもそわそわしている。
跡部や忍足という氷帝の二大モテ男がもうすぐ卒業するとあって、今年は特に顕著だった。

そして跡部や忍足が卒業するということは、当然私も卒業するということで。
中学も高校も同じ敷地内だとはいえ、中高の交流はほとんどない。
日吉とも一年間、離れ離れになってしまう。
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