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短編集【庭球】

第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕


忍足やジローの言うことが本当なら、日吉も私のことを憎からず思ってくれている、らしいけれど。
その仮定がまた、私の臆病を増幅させている。
最近では露骨に背中を向けてくる日もあって、視線が絡むことも少なくなった。
好かれているどころか、嫌われてしまっているんじゃないだろうか。
あの日に抱いた甘く密やかな予感は、日に日に目減りして、もう尽きてしまいそうだ。



「おい、今俺のことチビってバカにしたろ!」
「してない! どう聞けばそう聞こえんのよ!」
「いーや今のは絶対バカにしてた! クソクソ、許さねーぞ!」


突っかかってくる岳人をあしらいながら、視界の端で日吉を捉えた。
ああ、また今日も背中を向けられてしまっている。
胸がちくりと痛むのを飲み込んでいたら、すごい勢いで走ってきた岳人に捕まってしまった。
そういう体力を試合まで取っておけばいいのに、と心の隅で思う。
忍足が「もうええやん、どっちもどっちなんちゃうん?」と仲裁してくれたのは、たっぷり五分言い合った後だった。
止める気があるなら早く止めてよ、もう。


「ほら、お前らがあんまりうるさいから日吉が呆れてんで」


にやにやとそう言った忍足を睨みつけるより先に、とっさに日吉を見たけれど、興味なさげにラケットに手を伸ばしているところで。
やっぱり嫌われているのかもしれないと、私はまた一人で落ち込んだ。




自分は我慢強い方だと自負してきたけれど、不安だけが蓄積されていく日々にそろそろ限界が近かったのだと思う。


その日、全体練習は五時前に終わった。
ドリンクを入れていたジャグを回収すると、中身はどれもほとんど空だった。
冬場は飲む量が減るからジャグの数も減らしていたけれど、明日からは一つ多く出さなければ。
そう思ったところで、昨日の部会で日吉が「練習量を増やす」と言っていたのを思い出す。
しまった、本当なら今日から増やしておくべきだった。
また失望されてしまうのだろうかと、ため息を吐いた。
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