第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕
懐かしい、嬉しい、けれど虚しい、悔しい、悲しい、やっぱり愛しい、好きだ。
少しの驚きとともに、てんでばらばらな感情が一瞬で押し寄せてくる。
その重みで自分が潰れてしまうんじゃないかと思うくらいに。
潔く諦めようと思っていたくせに、この期に及んでまだ高鳴る心臓が情けない。
「俺じゃなくて」
「ん? 何か言った?」
「…忍足さんに守ってもらえばいいじゃないですか」
振り返りながら、そう言った。
先輩は「え?」と一瞬きょとんとして、意味がわからないという表情でこちらを見た。
こんなときまで綺麗だと思ってしまうのは、もう病気だ。
「だから、忍足さんのところに行けばいいでしょう」
もう一度言って肩口に置かれた手を払うと、先輩は心底驚いたように目を見開いた。
その瞳が潤んでいくのがわかって、思わず目をそらした。
白々しいな、キスまでしていたくせに。
ああくそ、泣きたいのはこっちだ。
肩から離れていった先輩の手が、力なくすとんと落ちた。
「お先に失礼します」と言い置いて、俺は部室を出た。
部室のドアが閉まるバタンという音を背中で聞いた。
頬を切る風がいやに冷たいのは、俺の顔が熱いからかもしれなかった。
* *
毎日欠かさず、ときには一日に何度も日吉の背中を使っていた私が、それを徐々に避けるようになった境目は、やっぱり四か月前のあの日──新人戦の抽選会の日、に違いなかった。
日吉への想いを自覚した途端、日吉に触れることはおろか話すことさえ、それまで当たり前のようにできていたはずのことがどうにも恥ずかしくなってしまったのだ。
背中にくっつくだなんて、よくもまあそんな大胆なことができたものだと昔の自分の鈍さに呆れる一方で、うらやましくもある。
日本代表の選抜合宿があってしばらく接していなかったこともあってか、今の私は、日吉の前だと何をしてもぎこちないから。