• テキストサイズ

短編集【庭球】

第8章 草枕〔千歳千里〕


きっと教室では今頃、白石くんが先生をうまく丸め込んでくれているだろうなと思う。

戻ったらいつものように、千歳が見つかったかどうか聞いてきて、困った顔で「今回だけやで、ごまかしてやれんのは」と笑うのだ。
今回だけでないことはお互い痛いほどにわかっているのだけれど、私は素直に頷いてありがとうと言うことにしている。
それが白石くんに対する最大級の礼儀だと思うから。




「今、なんば考えようと?」
「え? ああ、白石くんのこと」
「白石?」
「私がサボってるの、たぶん保健室とかなんとか言って毎回ごまかしてくれてるの」
「ほーん」

千歳は少しだけ頭をもたげて私を見て、また左手を枕に目を閉じた。
無造作に伸ばされた長い右腕が半袖になっていたから、大阪に来てからもうそんなに時間が経ったのかと思い知らされた。

私はゆっくり千歳の隣に座って、無数のカエデの葉の先にちらちらと広がる青い空を見上げた。
一筋の飛行機雲が見えた。

「そげん上向いとったら首ば痛かろ?」
「あ、うん」

千歳は静かに笑いながら、寝転がらんね、と自分の右腕を見遣った。
私は少し考えて、腕枕の使用許可が下りたらしいと気づいて。
日焼けしたたくましい腕に、甘えることにした。


いつもは千歳の背中やカエデの木にもたれているから、こんなことは初めてなのだけれど。
首筋や耳たぶに千歳の肌を感じても、不思議なほど心が静かだった。

千歳のまわりだけ時間の流れがゆっくりになるような、風の音が聞こえてくるような、そんな気がして。

このまま眠ってしまいそうだと思いながら、私は目を閉じる。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp