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短編集【庭球】

第8章 草枕〔千歳千里〕


「ちーとせー」
「ん? なんね、また来たと?」
「うん、来ちゃった」
「俺よりサボっとるんじゃなかね?」
「そんなことないよ。ていうか千歳よりサボるってことは学校来ないってことだから」


昼休み明け。
うららかな日差しに誘われて、私はふらりと学校を抜け出した。
自然と足が向かうのは裏山。
中腹にある大きなカエデの木の下、少し開けた場所は、千歳の指定席だ。
同い年とは思えない体躯は、広い木陰にすっぽりとおさまっていた。

こちらの足音にはとっくに気づいているだろうに、声をかけるまで目を開けないのは、彼の優しさなのだと思う。





千歳と出会ったのは、お互いの転校初日の始業前、職員室だった。

教師に座るよう促されたソファにいた大きな大きな先客を、私は最初、生徒だとは思っていなかったのだけれど、彼が羽織っていたのが学ランだったから。
「あなたも転校生?」とおそるおそる尋ねたら、彼は「そうたい」と言って、整った顔を豪快に崩した。

大人びているようで年相応の少年っぽさが残ったその笑顔は、どこか懐かしくて。
おかげで初日の緊張がかなり和らいで、私は千歳と名乗った彼に感謝した。

不思議な言葉を操る彼は、隣のクラスになった。
転校して二か月が経つのにいまだに標準語しか話せない私でも、同じクラスの白石くんや忍足くんたちとずいぶん仲良くなったけれど、千歳といるのが一番落ち着いた。


もちろん、大阪は嫌いじゃない。
これまでテレビの中の世界だと思っていたお笑い芸人同士の会話が、ごくごく普通の日常で。
クラスメイトたちはみんな他人との距離を詰めるのが上手で、笑いが絶えない。

でも、やっぱり少しだけ、せわしなくて。
やっぱり少しだけ、疲れる。
それは知らない土地で知らず知らずのうちに気を張っているせいもあるのだろうし、ぼんやりと話をしているともれなくオチやツッコミを求められる文化にまだ慣れないせいもあるのだと思う。


千歳と会うと、無意識のうちに無理をして大阪文化に迎合しようとしている自分に気づかされて。
そして、私は私のままで大丈夫、と背中を押してもらえる気がするから。
私は教室にいることが少ない千歳を追って、時折授業をサボるようになった。

とはいえ、探しても会える確率は半々に近かったけれど。
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