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短編集【庭球】

第57章 チョコレート・ブルース〔日吉若〕


バッグを開けてラケットを差し出してきたそいつに礼を言って、コートへ戻った。
ガットが切れたままのラケットと他人のラケットを持っている俺に、樺地は少し不思議そうな顔をしたけれど、すぐにコート脇に置いてある救急箱からハサミを取ってきて、残りのガットを切っておくよう促してくれた。
こういうとき変な詮索をせずに付き合ってくれる樺地には、ここ最近世話になりっぱなしだ。



次の日。
何か行動を起こしておけばこんな展開にはならなかったのかもしれないとか、都合のいい思い違いをしていた自分がばかばかしいとか、そんなことばかり考えていたら一睡もできずじまいで。
昂ぶった神経そのままの勢いで、普段より一時間も早く学校に向かった。

たられば論を語るヤツにろくなのはいないと思ってきたけれど、まさか自分が当てはまる日が来るとは。
無意識に出てくるため息が誰もいない部室に響いて、そのたびにまたため息を吐いていたのかと気づかされるけれど、何度吐いてもまだ止まる気配は見えなかった。
うんざりしながら着替えて、サーブ練習を始める。
カゴいっぱいのボールを一つ一つ打ち込んでいると、先輩のことを考えずに済んだ。


サーブを打ち続けて汗だくになった頃、朝練が始まった。
ふとしたときに横目で先輩の姿を追ってしまうのは、いつもの癖。
普段と変わらず、てきぱきと仕事をこなしているように見えた。

俺が一方的に失恋したんだから、暗闇にいるのも俺だけ、だよな。

当たり前のことを痛感させられて、思わず目を背けた。
徹夜明けの身体が、一気に重くなった気がした。




朝練が終わってから始業までのわずかな時間にも、昨日の続きの喧嘩ができる先輩と向日さんは、バイタリティに溢れていると思う。
自分以外の人たちがあまりにもいつもどおりの通常運転なのが苦しくて、一刻も早く部室から出たい一心で黙々と着替える。
ブレザーまで着終えて、ラケットバッグを肩にかけようとしたとき。
「ひよしー!」という声とともに、背中に温もりが触れた。
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