第56章 ぬくもりのいろ〔宍戸亮〕
「…わかってても言わなきゃいけないことも、あるもんだな」
低く、小さく言った亮の言葉を、頭の中で反芻するけれど、真意がわからない。
どういう意味だろう。
そう思いながら視線を上げると、薄暗い街灯の光でもわかるくらいに真っ赤になった亮と一瞬、目がかち合った。
「俺はお前のこと、菊丸みたいに楽しませてやれる自信もねーけど」
よほど恥ずかしかったのか、亮は視線を明後日の方向へ向けて。
ぼそぼそと、けれど確実に繋いでくれる言葉は、私の待ち望んでいた以上に嬉しいものだった。
「けど、一緒にいたいって思ってんのは、その、嘘じゃねーから…」
「…うん」
「その、渚のことはちゃんと好きだし、あー…あ、愛してる、から!」
心臓がそのまま壊れてしまいそうなスピード感で打ち続けている。
それはきっと、横顔だけでなくマフラーからのぞいた耳の先まで真っ赤になっている亮も同じだろう。
やっとの思いで絞りだした「私も」という言葉と同時に、亮が私の手を取って歩き出した。
と思ったら、少し歩いたところで亮が立ち止まる。
「…これ、邪魔だな」
離れていった手を見遣ると、亮は背負っていたラケットバッグを下ろして、左手に持っていたシューズの袋を無造作にバッグに突っ込んで。
少し無理やりチャックを閉めて背負い直すと、仕切り直しだというように、亮はもう一度私の手を取った。
ごつごつした手は、いつもより少しだけあたたかい気がした。