第56章 ぬくもりのいろ〔宍戸亮〕
いつの間にか暗くなった帰り道を歩きながらそんな言葉を交わして、亮の目を見て話すのはずいぶん久々な気がした。
付き合っているはずなのに、近くにいるはずなのに、私たちはいつからこんなに遠くなってしまったんだっけ。
亮が左手のシューズの袋を持ち直したらしい、袋ががさりと小さく音を立てた。
「…よく笑うんだな」
「え?」
「お前さ」
「うん?」
「俺のだって自覚、足りてねーんじゃねーの?」
虚を突かれて、足が止まる。
はたと立ちつくす私を、亮が一歩先で振り返った。
亮が妬いてくれたのだと、理解するまでにそう時間はかからなかった。
亮を差し置いて菊丸くんとはしゃいでいたことに対する、嫉妬。
それに怒りを覚えてくれる程度に私は愛されているのだと、自惚れていいのだろうか。
そんな喜びにも似た感情が、胸の奥に確かに芽吹いている。
なのに、私の口からこぼれてきたのは、まるで正反対の言葉だった。
「…足りなくないよ。わざわざ言わなくてもわかってるでしょ、亮は」
言ってしまってから、その言葉の刺々しさに、愕然とした。
こんな意趣返しみたいなこと、言うつもりなんてなかったのに。
亮が息を飲んだのがわかった。
気まずさからとっさに下を向いたけれど、上手なフォローの言葉が出てくるわけでもなく、嫌な沈黙が刻々と過ぎる。
淋しさを拗らせた私に亮がせっかく手を差し伸べてくれたのに、こんなふうに突き放すなんて、私は何がしたいんだろう。
「あー…」
短い髪をばさばさとかき回して、亮が沈黙を破った。
これは気まずいときの亮の癖だ。
背筋が寒い、と思った。
冷たい空気のせいだけではなくて、亮を失うかもしれない怖さで。
きっと呆れてしまったのだろう、私の底意地の悪さに。
両手を制服の裾ごと強く握りこんで、勝手にあふれてきそうな涙を堪える。