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短編集【庭球】

第56章 ぬくもりのいろ〔宍戸亮〕


青学の菊丸くんだ、全国大会で亮と試合していたのを見た。
結果的には氷帝のゴールデンペアが勝ったけれどすごく厳しい試合で、終わったあとはあれだけきつい練習を重ねてきたはずの亮がふらふらになっていたっけ。
あの試合を経た者同士、きっとこの二人には戦友意識みたいなものがあるのだろうとぼんやり思っていたら、不意に菊丸くんが私を見た。


「ねーねー、隣ってもしかして、カノジョさん?」


とっさに、返答に窮する。

そうですと、昨日までの私ならすぐに言えたのだろうけれど。
情けないことに今の私には、その自信が少し足りない。
私は、亮の彼女であり続けることが、できるだろうか。
逡巡による少しの沈黙のあと、私の口から出たのは「えっと、一応…はい」という控えめな肯定だった。

菊丸くんはそれを、私が照れていると判断してくれたのだろう。
にいっと笑って「へー! こんなカワイイ彼女がいるなんて、宍戸も隅に置けないにゃー」なんて、陽気な印象にたがわぬリップサービスをしてくれる。

その横で、気のせいでなければほんの少し、亮がこちらに訝しげな視線を向けた気がした。
けれど、店員さんがシューズを奥から持ってきてくれたタイミングと重なって、それはうやむやになって。
一人椅子に座って真剣な表情で靴を履き比べ始めた亮を横目に、菊丸くんがひょいひょいと身軽な動きで私のそばに寄ってきた。


「オレ、菊丸英二ってんだ〜青学でテニスしてて、宍戸とは試合とかでちょくちょく会ってんの」
「あ、知ってます。全国大会、見に行ったんで…」
「マジ? へへ、やっぱオレって有名人〜!」


にいっと人懐こそうに笑う菊丸くんはこちらの緊張感なんてどこ吹く風といった風情で、「てか敬語じゃなくていいってば、タメっしょ?」なんて、もう初対面とは思えないフランクさ。
この店は品揃えがよくて、部活がオフの日は喫緊に必要なものがなくてもふらりと立ち寄るのだと教えてくれた。
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