第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕
亜久津は意外なほど安全運転で家の前まで送り届けてくれた。
電車からの景色とは違う風景をもっと楽しめばよかったのだけれど、緊張してそれどころではなかった。
そんなことを思いながらのそのそとバイクから降りると、亜久津は自分のヘルメットを取って、私に言った。
「バイクはやめとけ」
「え、なんで?」
「女が乗ったら危ねえだろーが。ナメた車に引っかけられて事故でも逢ったらどうすんだよ」
いつもどおりの威嚇するような口調だけれど、私のことを心配してくれているらしい。
少し嬉しいと思ってしまうのは、それだけ亜久津のことを知ったということだろうか。
「考えとく」と言いながら、私もヘルメットを取った。
顔に当たる風がキンと冷たくて、痛いくらいだ。
「これ、ありがとう。ヘルメットってあったかいんだね」と言って返そうとすると、亜久津はそれを受け取らずに、露骨に目を逸らした。
「それはテメーのだ。クリスマスなんだろ、今日は」
亜久津からのクリスマスプレゼント…?
驚きすぎて間抜けな顔をしていたのだろう、亜久津は「とぼけたツラさらしてんじゃねえ」と私を軽く小突いて。
「そんなに乗りたきゃ、俺の後ろにしとけ」と、一際低い声で言った。
「…うん、ありがとう」
「気をつけて帰れよ」と言い置いて、亜久津はバイクを発進させた。
家のドアまであと数歩なのに、意外と心配性らしい。
バイクの排気口が吐き出す白い息で亜久津の後ろ姿が煙ってしまうのがもったいないな、なんて思いながら、ぴかぴかの黒いヘルメットを抱きしめた。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました。
初亜久津、いかがでしたか。
このお話のアウトラインは去年のクリスマス直後に思いつきまして、「次のクリスマスは絶対このネタでいくんだもんね!」と約一年温め続けてきました(塩漬けになっていたとも言う)。
やっとこさ形にすることができて達成感が半端ないです、やってやったぜ…!
亜久津ってツンデレ属性だとは思うのですが、いかんせんデレの部分が少なすぎて、書いていて何度も心が折れそうになりました。
亜久津にちゃんと惚れることができる夢主ちゃんはすごいなと、書いた張本人のくせに他人事のように思う私なのでした。
少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。
それではみなさま、素敵なクリスマスを!